2011年1月9日日曜日

Crash Dragon! =Episode1


EPⅠ・典型的AI少年


学園の屋上、ベンチにて。
俺は片手のソーダ缶をちびちび飲みつつ溜息を吐く。
ああ、また今日もダメだった。いつかは何とかなるかなーとか思ってるんだけどなあ……そのいつかっていつなんだろうか。そろそろ限界なんじゃないかな、俺。
また溜息が出る。幸せが逃げていく。マイナスな方向へ堕ちていく。
いや、それじゃダメだ。諦めたらそこで終わりなんだ! 諦めるまで限界なんて存在しない!
「そうだ、俺は! やれば出来る!」
「じゃあいい加減やりなさいよ、<クラッシュドラゴン>君。あと、その頭にずらして付けてるゴーグルとその不自然に撥ねた髪の毛は校則違反よ」
背筋に水を流し込まれたような、何というか嫌な感じ。この形容し難い感覚はまさか。ていうかこの声は。
「大丈夫よ、半径2m以内には近づかないから」
うわああああああああ! やっぱりコイツか! 目の前に立っているのは俺が所属するクラス一年D組(仮)の女で強気な如何にもって感じの眼鏡を掛けた茶色い長髪の委員長(仮)! そして違うぞ貴様、近づいていい範囲は半径2m以内じゃない!
「て、訂正させてもらうっ、半径5mだ!」
「……はいはい」
「返事は一度でいいんだよ!」
「うるさいわね、半径5m以内に入ってあげましょうか?」
「うぐぐっ……貴様、手強いな」
「アンタがおかしいのよ」
憎たらしく笑う目の前の女に嫌気が差す。
俺は、嫌いなものは何か? と訊かれたらばまず女と答える。そう、俺は生粋の女嫌いなのだ。これはもう何とかならない事実だ。とにかく半径5m以内に入られると落ち着いてはいられない。そうなったら逃げ出すしかない。集団で追い詰められた日には……明日は来ないだろう。……だからといって、別に男に興味があるワケじゃないが。
とにかく、俺は異性なるものが大の苦手なのだ。理由は自分でも分からないのだが。
「で、今日も見事にデータクラッシュしちゃったんだ。どうせ容量オーバーでしょ? さすが、<破壊龍>は伊達じゃないわね。……アンタくらいよ、自滅で試験失格なんて生徒は」
「うるさいな」
だが、彼女の言うことは紛れもなく事実だ。
この学園ではほぼ毎日のように戦闘テストなるものが行われる。クラス対抗戦でチームが組まれ、制限時間内に多くのダメージを与えた方が勝利するという簡単なルールだ。
異常な制度だが、ここはネットに出現するウイルスを排除する為の人材を育成する特殊な学園なので問題はない。
入学時、生徒には自分だけの武器が与えられる。その武器を上手く使いこなす為、教養を身につける授業に交えて武器訓練・戦闘訓練などを行っていくのだ。そして実力がついたとみなされれば報酬有りのウイルス排除依頼を受けることが出来るのだ。
この学園へ入学さえできれば将来が決まったと同然なのだ。
――ある異例を除いては。
入学時に与えられる武器は本人の身体能力問わずランダムに決定される。つまり、華奢な女子がドでかいロケットランチャーっぽい武器を与えられることもあれば、ゴツくて強そうな男子がちゃっちい果物ナイフのような武器を与えられることもあるのだ。
見た目ならまだいい。
ごく稀にあるのだ。ウン十万分の一の確率でしか現れない、不良品と呼ぶべき最悪の一品が。
それこそが、俺の武器――<データブレード>。通称<クラッシュブレード>である。
戦闘が行われるステージはSVNなどで使用されるバーチャルリアリティ世界、つまりデータで管理された世界である。膨大な情報量を扱う高性能のスーパーコンピューターを使用しているらしく、処理落ちなどしたことがなかったらしいのだが……。
俺のデータブレードが構築されるだけで、そのスーパーコンピューターはオーバーヒートしてしまうのだ。攻撃すらしないうちに、世界は暗黒の闇となってしまう。つまりは強制退場。失格。俺は戦うことすら許されない。
ある意味伝説となった俺の武器に付いた二つ名は、どんなハードでもクラッシュさせることのできる剣という意味で、クラッシュブレードと名付けられた。
まあ……デフォルト名がブレードというだけで、実際の姿は誰も見たことがない為本当に剣なのかどうかは定かでないが。
「入学から一ヶ月経つけど……アンタ全く成績出せてないじゃない。そりゃあ武器のせいかもしれないけどさ、このままじゃ留年確定になっちゃうわよ?」
「そんなの分かってるさ。けど、どうしろっていうんだよ」
女はうーんと腕を組み、しばらく考えているようだったが何かしら閃いたようにぽんと手を打った。どうせたいしたことじゃないだろうけど。
「一か八か、メンテに出してみれば? もしかしたら容量を抑えることが出来るかもしれないわ」
やっぱりたいしたことじゃなかった。……ほんの少し期待してしまった自分が馬鹿だったよ。
「ダメだ。アイツらはきっと俺の武器を実験台として扱うに決まってる。そんな奴らにこれのメンテナンスなんて任せられない」
「それは……そうだけど」
まだ何か言うのか。俺はこれ以上異性と話していたくないというのに、この女は一体何を伝えたいのだろう。
「アンタは、クラッシュブレードが憎くないの?」
…………憎い?
俺は顔をしかめ、彼女を睨みつけ言葉の続きを発するよう急かす。
「クラッシュブレードこそが……アンタを台無しにした主要因だってことくらい、アタシ知ってるのよ」
俺の武器が、俺を台無しにした。
つまりそれは捉え方によれば――武器さえなければ、俺は。
「……どういう意味だ。貴様は何を知っていると?」
「自分でも分かってるくせにさ。……アンタ、入学試験最高ランクで合格してるじゃない。もしかしたら今学園一、二を争っている生徒よりも高い身体能力を持ってるんじゃないの?」
学園の入学試験には筆記試験と実技試験がある。
筆記試験は一般教養、実技試験は武器を扱える能力があるかどうかを確かめる為に存在する。ちなみに結果はその場で表示され、点数まできっちりと計算されるのだが――俺は何らかの間違いだと思っていた。
ただ、その結果は今でもちゃっかり覚えている。
筆記試験・一〇〇点中――八七点 実技試験・一〇〇点中――九五点
総合評価――ランクS
正直今でも信じられない。というか信じていない。
筆記試験の結果は、事前に勉強した問題が当日のテストに全て出題されたという偶然の産物だが……実技試験の結果は本当にワケが分からない。確かスポーツテストみたいな種目をやるハメになったような気がするのだが、大した結果は残せなかったはずだ。
「……まあ、かつてはそんな最高評価を獲得したアナタが今や落ちこぼれの代表格で試験はいつだってワーストランクだなんて信じたくないわよ。今からでも遅くないんだから、綺麗サッパリ改心して、ちゃんと授業受けて……ちゃんと交渉すれば、武器だって変えられるかもしれないのよ? だからアタシの言うことを聞いて――」
「もうほっといてくれ。これ以上、俺は貴様と喋りたくない」
俺の言葉に女は今までにない酷く不機嫌そうな顔をした。全く、そういう顔がイヤなんだよ。本当に女は扱いづらい。これだから嫌なんだ。
女は俺の言葉に相当憤慨したらしい。身体をぶるぶる震わせ、思いっきり叫んだ。
「分かったわよ! アンタなんてほっとくわよ! 今日から(仮)クラスが正式なクラス分けメンバーとなるなんて教えてあげないわよ! ふーんだ!」
捨て台詞を残し、女はあっという間にいなくなってしまった。……女という生き物は物事を教えないと言いつつ教えていることに気付かないのだろうか。不思議なものだ。
ただ、今回ばかりは少々助かった。
すっかり忘れていた。今日から正式なクラスとなり、本格的な訓練が始まる。入学から昨日までの期間は生徒の能力を確かめる為設けられた、いわば検査期間だ。
腕時計を見る。クラス発表まであと十分。
俺は思い切り伸びをすると、一つあくびをして立ち上がる。今日から男女別のクラスとなる。これでサボリの毎日からもおさらばだ。
清々しい気分で深呼吸をする。先程まであった暗い気持ちはどこかへ吹っ飛んでいた。
「そういえば……」
ふと、思い出したことを口に出してみる。
「パートナー決定も今日だったよな」









パートナー決定とは




主にウイルスの駆除は二人一組で行われる。といっても、二人のうち一人は純粋な人間ではない。
技術の向上により開発された高度な知能と特殊能力を持つ人工知能・データAIだ。
データAIはバーチャル世界の膨大なデータを空っぽの人間に組み込み生まれる、リアルとバーチャルの融合生命体なのだ。
法律ギリギリのラインで生まれた彼らはウイルス駆除の名目によって何とか存在を黙認されている。といっても、普通の人間と全く区別が付かないのだが。それでも初期状態は機械っぽさが残るのだが、次第に性格や表情も徐々に柔和になっていき最終的にはどちらが人間でどちらがAIか分からなくなってしまう。
ウイルス駆除の際、人間の方が主体的な動きを担当し、データAIが補佐的役割を担う。データAIがウイルスの詳細情報(種類や弱点など)を人間に伝え、人間はそれに従ってウイルスを自らの武器で駆除するといった手順だ。
人間とデータAIはそれぞれ別の教育施設にて学んでいるが、人間が特定の教育施設への入学より一ヶ月経過すると指定されたデータAI教育施設より規定人数のデータAIが送られてくる。
それらが人間のパートナーとなり、互いに支え合い生きていくことになる。
また、校則により人間とデータAIは同性でなければならない。
そして、それぞれのコンビは教育施設に隣接している立派な寮の一部屋を与えられ、共同生活をすることになる。









「お前ら―! ちゃんと整列したか?」
男性教師の野太い声。何だか久しぶりに聞いた気がする。あー、女の甲高い声なんかよりずっと心地いい。
ここは職員室前の広い廊下だ。が、一年全五クラスもの生徒が集まるとさすがに窮屈である。
「ようし、いいだろう。それではこれよりクラス提示を行う。目の前の掲示板に順次貼り出していくから、確認した者から速やかに所定の場所へ向かうように」
そう言うやいなや教師は緑色の掲示板に紙を画鋲で貼っていく。慌てて目で追うが、自分の名前は見つからない。俺の……俺のクラスはどこだろう。
――あった。一年D組だ。
結局変わらずじまいかと少し肩を落としつつ、まあいいかと自分のクラスへ走る。
すると、背中にたくさんの視線が突き刺さる。俺はまたかと思うが、まあいつものことだからと気にせず無視する。唯一の失格無得点者、ワーストランクの俺を知らない奴なんてこの学校にはいない。
襲いかかる視線を潜り抜け見なれた教室の扉を開く。
と、馬鹿にしたような男性教師の声が響く。
「――お前が最後だ。さすがワーストランクといったところか? 天河」
ドッと笑いが巻き起こる。俺は溜息をつき教室に一歩足を踏み入れれば、人間達はほとんどが見慣れた顔触れ。……コイツら全員、落ちこぼれ仲間の奴らだ。なるほど、俺達は成績優良者の邪魔にならないように隔離されたというワケか。
更に気分が沈むが、まあ何とかなるだろうと思って指定された席に着く。
「よし、全員そろったな。さっそくだが……隣の奴が自分のパートナーだ」
えっ、そんな決め方かよ……。俺は突っ込みそうになって慌てて口を塞ぐ。聞いた話によればパートナーの決め方にはいろいろあるらしく、くじ引きから性格診断、全員で相談など様々だ。が、ここまでシンプルだと何だか拍子抜けだ。
俺は恐る恐る隣の奴を見る。どれだけのヤンキーさんなのだろう。
あれ? 学ラン、ちゃんと第一ボタンまで留めてあるじゃないか。まあ、ちょっと大きめだけど。なのに、その服装が妙に似合っている。顔を隠すように目深に黒い学生帽を被っていて、その所為で見事に表情は見えないが何だかおとなしく真面目っぽそうな男子だ。一見優等生そうだが……どうしてここにいるんだろう。
「じゃあ、自己紹介」
その言葉に少しブーイングが漏れたが、一番右の席の奴がしぶしぶと立ち上がり、適当に自己紹介をした。続けて座っている席順に生徒達が立ち名前と仮クラス、そして一言だけ喋っていく。そっけない奴もいれば陽気な奴もいる。だいたいこれだけで性格が分かってしまうなあと思っていると、自分の番が来た。
俺はしぶしぶ立ち上がる。自己紹介する必要なんてないんじゃないか、俺。
「……天河龍助。仮クラスは一年D組。宜しく」
周囲からクラッシュドラゴンやらクラッシュブレードやら野次が次々と飛ぶ。俺は耳を塞ぎ机に伏せた。もういい加減にしてくれ。
そして自己紹介は順調に進んでいき、俺の隣――パートナーの番になった。
少年は軽く息を吐きその場に立つと、帽子を取った。
息を飲む。何故なら彼は……今まで見たことがないくらいの、美少年だったから。
落ち着いた髪の毛、白い肌に大きめの瞳。綺麗に通った鼻筋。これはなんというか、女も驚くくらいの美貌だ。
俺だけではない。他の奴らも少年の美しさに唖然としていた。
静まり返った空間に、高く澄み切った声が響いた。
「製造No14。人工知能育成特殊施設出身…………宜しくお願いします」
背筋がぞくり、とした。気持ちの良い感じではない。多分俺だけではなく、他も皆同じような感覚に陥っているはずだ。
あまりに冷たすぎる、全てを拒絶するかの如く感情のない声色。軽く礼をして座りさっさと帽子を被ってしまった隣の少年を横目で観察してみれば、誰も近寄りたくないくらいに重くどよんとしたマイナスオーラが漂っているではないか。
嫌な予感しかしない。
コイツが、こんなに暗くてどろどろした雰囲気の奴が……俺のパートナー。
まあ何とかなるだろうと自分に言い聞かせてみるが、あまり効果は期待できない。これはヤバイ、どうにもならないかもしれない。
誰にも気づかれないように溜息をついて、もう一度隣を見る。
帽子の隙間の視線がこちらに向いている。
目が合ってしまった。
――その瞳の冷たさに、瞬間冷凍されてしまうかと思った。
まるでそれは……光を失った、死んだ魚類の目みたいな……。
ぎょっとして、慌てて目を逸らす。魚だけに。
これは――想像以上にヤバイ状況なんじゃないかな、俺。









授業の時間を全部使い、寮の案内をされた。
まさか我が校に、こんなに立派な学生寮があるとは俺も知らなかった……というか、俺はまだ学園内の施設だってロクに理解していない。学園も寮も、天性の方向音痴を持つ俺にはあまりにも広すぎるのだ。一歩歩けばそこは迷宮である。
俺は先程配られたタブレットPC画面を操作し、転送された男子寮地図データを画面表示させる。何とかして周囲状況を把握しようと努力するも、それはどうやら無駄な行動のようだ。さっぱり分からない。
そういえば家から荷物を持ってくるのをすっかり忘れていた。帰るのはいいとして、再びここに戻ってきたら自室まで辿りつけるのだろうか……。そうだ、こんな時こそパートナーを頼ればいいんじゃないか?
隣をちらりと見れば、地図画面にタッチペンで何やら書き込みをするパートナーの姿があった。
何を書いているのか気になってちょっと覗いてみる。男子の割には随分と小柄なので、容易く自然に見下げることが出来た。
ええと、内容は……。複雑な通路のところに<ここは迷うかもしれない>、<気を付ける場所>と赤字でメモられている。あれ、案外普通じゃないか……っておおい! 何で食堂のところに<まさかの食券制。食券を紛失する可能性大。厳重注意>とか<他の生徒から食品をぶち撒けられる可能性有。注意>やら書いてあるんだよ! 前者はともかく後者はほとんどありえないだろ! てか注意って何を注意するんだ!?
――もしかしてコイツは天性のマイナス思考持ちなのかもしれない。
あー、何だか全然頼りにならなさそうだ。ちゃんと道覚えておこう。でも正直自分の記憶力にも自信がない。ゆっくりと肩を落とす。
というか、地図のあちこちに書かれた正の字は何かを数えているのだろうか。
その時、先頭で適当に説明していた教師が足を止める。
「――と、まあこんなところだ。質問はあるか?」
口では言いつつも、教師は視線で質問するなと訴えている。そりゃあ答えるのは面倒だし、当然のことだが。さっきまで面倒そうに案内してたからなあ。それに質問する奴だってまあいないだろう。
すうと手が挙がった。
あ、空気が完全に固まった。誰だよ、こんな時に空気の読まない阿呆は。一体どこにいるんだ――オイ、俺の隣にいるじゃないか。
……げっ。
「…………何だ」
教師の声が低くなる。ヤバイ、ちょっと怒ってる。確かキレるととんでもないことになるような、ならなかったような……あれ、そしたらもしかして連帯責任で俺も巻き添え? ぞっ、ぞぞぞぞー。背筋が寒くなる。待ってくれ頼むからそれは勘弁。
「部屋が、足りません」
周囲が一瞬静まった後、次第にざわつく。あまりにも予想外な質問だったのだろう、教師もさっきまでの怖い表情はどこへやら、きょとんとした顔をしている。
学ランがよく似合う少年は周囲の反応を全く気にせず、そのまま淡々と言葉を続ける。
「……男子寮の一年フロアにある部屋は、数えたところ五七部屋です。一部屋に二人、つまり百十四人が宿泊できることになります。しかし男子クラスC・D・Eクラスの生徒は総勢百十六人いるはずでは?」
か、数えた!? 嘘だろ、さっきの一度、見て回っただけなのに生徒専用部屋の数を全部把握したっていうのか、コイツは……! ――まさか、さっき書いていた正の字の正体は……。
生徒は皆沈黙し、一斉に教師の方を見る。教師は溜息をついた後、何らかの用紙を取り出す。おそらくはデータ表か。しばらくそれを面倒そうに眺めて――目を見開いた。
「お前……よく気付いたな。数値データも全部ビンゴだ」
ざわつきが大きくなり、一気に少年へ視線が集中する。オイ、マジかよ。この少年……何者なんだ?
教師は手を叩き、静かに―と叫んだ後頭をかきながら告げる。
「本当はもう少ししてから説明する決まりだったんだが……質問があったんなら、まあ説明しても問題無いよな、うん。お前ら、自分達よりも女子の方が能力高いってのは知ってるだろう?」
男子達は顔をしかめたり頭を抱えたりしつつもしぶしぶ頷く。
ウイルス駆除は力仕事と思われがちだが、実際のところは自分をデータ化して戦うので少し違う。自分の能力が反映されることは当然だが、その能力をどれだけ使いこなせるか、つまりはセンスがなければ本来の力を発揮できないのだ。
このセンスは男子よりも女子の方が数倍優れているらしく、戦闘テストでも男女が当たると勝利するのは大抵が女子だ。
「だが、うちの男子達だって優秀な奴らはたくさんいる。しかし普通な奴らに紛れていては能力の向上も何もないだろう。そこでだ、我が学園ではトレードシステムなるものを導入している」
トレード、交換システム。
俺は直感する。内容を聞かずとも、このシステムは俺にとって害以外の何物でもないことくらい分かってしまう。
「その内容は――月ごとに成績トップの奴を決定し、女子寮に送り込んで一緒に訓練させるのだ」
何故かあちこちから歓声が上がる。
信じられない。まず、女子の中で暮らすだなんて異常だ。それが成績優良者の特権だなんてこの学園はどうかしている。
だが、成績最下位の俺には関係のないことだ。ほっと胸をなでおろす。
というか男子が女子寮に行くのは有りなのに逆はないんだな。何だか不公平な気もするが、俺はその方が助かる。
教師は適当に場を鎮めると、少年に穏やかな調子で話しかけた。
「そんなワケでもう一部屋は女子寮の方にあるのだ。分かったか、少年」
「……ありがとう、ございました」
少年はちょこんと頭を下げる。男子にしては背が小さいので、その姿はやたらと可愛く見えてしまう。でも纏ったオーラは変わらず。結局近寄りがたい雰囲気は健在というわけだ。
「他には質問ないな? よし。では、これからルームパスワードを配布する。指定の場所にそれぞれ行き、荷物を整理するように。それでは、解散!」
締めの言葉と同時に、軽快なベルの効果音が響く。驚いてタブレットPCを見ると、画面には<NOW RECEIVING>のゴシック体文字が踊っている。ほんの数秒後には再び効果音が鳴り響き、文字は一瞬で<COMPLETE!>へと変化した。風邪を斬るような音と共に画面には寮地図が表示され、ある一か所に赤星マークが点滅している。その下には小さな文字で、
○部屋番号・55 ENTRY=天河龍助
と記されていた。
他の生徒も同じようにデータを受信したのか、それぞれがパートナーと共に目的地へと向かってバラバラに散っていった。
俺も早いところ出発したいのだが……駄目だ。地図の見方がさっぱり分からない。今日何度目かになる溜息をつく。
「Master」
ネイティブな英語が耳に届き、びっくりして声の方向へ振り返る。
そこには俺のパートナーがこちらを凝視しつつ立っていた。まさかコイツがあんな言葉をしゃべるワケがない。
容貌が良い為、誰かに声でも掛けられ何かの誘いでも受けているかと思ったが――どうやらそうではなかったらしい。彼の周りには誰一人もいなかった。
その間に他の生徒も俺達の横を通り過ぎていくが、皆焦っているかのようにそそくさと立ち去っていく。人間・AI問わずだ。何だか皆、俺達に関わりたくないような感じだったが……。
「Master?」
再度驚く。先程の英語も、この少年が発したものだった。
「お、お前か」
「……某の他に、誰が貴殿を『Master』とお呼びになるというのです?」
堅苦しい敬語と……そ、某って何だ。えっと……コイツの一人称?
顔が引きつっているのが自分でも分かってしまい、無理矢理笑顔を作る。不吉な予感が身を貫いている。早速だが、このムードはまずい。
マスターって俺のこと、だよな。まあコイツはAIなワケだし、コイツの主人といえば主人なのかもしれないけど。
気が付けば周りには誰もいなくなっていた。今なら誰にも見られる心配はない。
俺は目の前にいるパートナーをじっと眺める。多分、傍から見れば俺達は無言で見つめ合っているように見えてしまうのだろう。変な風に勘違いされたら困る為、誰かがいる前でパートナーをじっくり観察するなんて出来っこない。
それにしても、AIなんて初めて見たが……どこからどう見ても人間と変わりない。中身は全く違うのかもしれないが、やっぱり人間にしか見えない。
だというのに、マスターやら主人やら、そういう上下関係を作ってしまうのは……何だか違和感があり過ぎる。
先程通り過ぎた奴らはどうだったか。上下関係を作っていたのだろうか。
――他人なんて関係ないさ。俺は、俺の正しいと思うことをやる。
「俺のことをそんな風に呼ぶな」
少年はほんの少し目を見開いた、気がする。基本的に無表情なのか、全く相手の意思は読めない。おそらくは驚いたのだと思うが。
「………………?」
「だから。俺のことを『マスター』なんて呼ぶなって。自己紹介で言ったろ? 俺の名前は龍助。リュウスケ!」
一歩踏み出してしっかりと俺の名前を伝える。
コイツ、どうでもいいことには耳を傾けなさそうなタイプだし、どうせ自己紹介だって聞いていなかったに違いない。
少年はしばらく黙っていたが、意を決したように口を開く。
「しかしながら、人間様をお慕いし、敬意をお払いし、常に従いお助けするのは某らAIの鉄則でございまして……」
「その煩わしい敬語も使わないでほしいんだけど」
「しかしながら……」
埒があかない。コイツ、相当な頑固者だ。多分こういうのが典型的なAIって奴なのかもしれない。
俺は頭をかいて、仕方なくこう言った。
「お前さっき言っただろ。『常に従いお助けするのは某らAIの鉄則』ってさ」
本当はこんなこと言いたくない。だがコイツは絶対に『人間様』の命令を受けない限りは動かない。そういう奴なんだと感じた。
俺の小さな脳味噌は、ここを突破するにはこの方法しかないと判断した。
「……」
少年は口をつぐんで黙りこくってしまう。俺は深く溜息をつく。本当に何度目だ?
けれど、少し思い直す。コイツはAIの学校で人間への対応方法を色々と叩きこまれたのだろう。多分その過程で、嫌でも敬語が染みついてしまったに違いない。なら、すぐに直させるのはキツイよな。
少しくらいは、まあいいか。
俺は苦笑いして、少年にそっと語りかける。
「……敬語を直していくのはゆっくりでいいよ。使う言葉を変えるってのはすごく大変なことだからな。けど、俺のことは絶対にマスターって呼ぶなよ」
「……」
少年は黙っている。が、ほんの少しだけ頷いた。
すると懐からタブレットPCを取り出し、画面に何やら書いている。覗き込んで見ると、<マスター呼びをしたら殺されるかもしれない。厳重注意>と極太赤文字。俺がそんなことをするように見えるのかよ! と突っ込もうとしたが……そうだった。コイツは壊滅的マイナス思考疑惑有りなんだった。
俺は観念したように首を振る。コイツは相当手強いが、まあ何とかなるだろう。……と信じたい。
彼の前にタブレットPCを差し出し、<命令>をする。
「俺、恥ずかしながら地図の見方が分からなくてさ……目的地まで案内してくれるとすごくありがたいんだけど」
「!」
少年の暗いオーラが少し和らいだように見えた。
「――かしこまりました、マスター……あっ」
「あ」
刹那、空間が静止した。
俺達二人はだらしなく口を開けたまま硬直し、呆然とつっ立っていた。多分相手は相手なりに何か必死に考えていたのだろうけど、俺はもう何と言うか、ああこれが修羅場って奴なんだなあとか割とどうでもいいようなことばっかり頭に巡らせ続けていた。
そして。長い、長い数秒間が過ぎて。
再び時が動き出したと感じた瞬間、少年は素早く迅速に――タブレットPCを盾の如く構えてその場にしゃがみ込んだ。
「いっしょうのおねがいです、どうかそれがしをころさないでください」
「殺さねえよ!」









どっと疲れた。
身体的にも相当な疲労を感じるが、主に精神面での疲労感が相当大きい。これは一日丸々泥のように眠り続けられるかもしれない。
先程の緊急事態を収拾すべく数分もの間少年に説得を試み、そして後に目的場所まで案内してもらったのだが――当然ながらこの過程上でも多くの問題が発生したワケで、思い出すだけで頭が痛くなる。この少年のマイナス思考にどれだけ振り回されたことか。しかし、非常に長くなるので内容説明についてここでは割愛、いや省略する。
とにかく俺とそのパートナーは、<ROOM・55=現在空室>の文字が明滅している扉の前に立っていた。また扉のドアノブ部分には1から9までの番号が刻まれたボタンが取り付けられている。
「……龍助殿、おそらくこの部屋に侵入するにはパスワードを入力せねばいけないかと」
「その『殿』ってやめてくれ。それと侵入じゃない。入場だ」
「左様でございますか。……お呼び方法についてですが、ならば『Master』に致しますか」
俺は唇を噛み、勝手にしろと言い捨てボタンに手を伸ばす。疲労の所為か手が震えて上手く押せなさそうだが、何とかなる。
腰のケースに入れていたタブレットPCを取り出し、画面を確認する。
「ええと、パスワードは……5・5・6・8っと」
どうにか押し終わったと同時に軽快な電子音。驚いて後ずさると明滅していた文字が変化し、<ROOM・55=在室>となる。続けて鍵のロックを解除するやけに大袈裟な音が聞こえた。
ドアノブに手を掛け、一気に開ける。ぶわぁとエアコンの風が吹き付けてきて、そのあまりの生温かさに眠気が押し寄せる。頭を振って睡魔を振り払うと、目の前には学生に相応しくないくらいの豪華な部屋が広がっていた。
天井にはシャンデリア、部屋の隅にはステンドランプが置かれている。壁には美しい風景画が掛けられて、隅には立派な机が設置されている。床には如何にも高そうな絨毯が敷かれており、その上にはクイーンサイズのベッドが二つ。壁いっぱいに広がる大窓からは、学園が所有する広大な敷地が一望出来る。
「オイオイ、ホテルのスイートルーム並にすごい部屋だな……どこにこんな資金が」
「おそらくは、上級生の方々がこなした仕事の報酬金が学校側にも少なからず回っているのではないかと思われます」
「……なるほど」
さすがというか、本当に分析早いなコイツ。
俺は大きく伸びをして、頭に付けていたゴーグルを外し机に置いた後ベッドにダイブ。予想通りふかふかで気持ちが良い。これは快適だ。
すると、少年は興味深そうにゴーグルを手に取る。
「……これは?」
「え、あー……好きなアニメシリーズの主人公がほとんど皆ゴーグル付けててさ。それに影響されてちっさい頃から頭に付けてんだ」
「アニメーション……ですか」
「ああ、家族がそのアニメ大好きでさ。ま、俺達が生まれる前のだから普通は知らないと思うけど。確か、三十年前くらいのやつ」
ごろんと仰向けになる。――そういえば、俺がここに入学したのも、将来の夢も、全てあのアニメが元凶だったっけ。主人公に憧れて、俺もデータ世界に行きたいと思って……あの時代でデジタルを題材にしたテーマは画期的だったなあ。綺麗に掃除された天井を見つめながらそんなことを考えた。
でも、現実はそううまくいかないんだ。
俺の夢見たように、世の中は全然動いてくれなかった。何もかもだ。今だってそうだし、多分これからもそうなるだろう。
「だけど、前向きに生きなきゃ……」
「?」
少年は首を傾げてこちらを見たが、俺は何も言わない。しばらく不思議そうにこちらを眺めていたが、自分で納得したのか軽く頷き、ゴーグルを机に置き直し隣のベッドに腰掛けた。
眠い。
壁掛け時計を見ると、まだ午後七時前だ。寝るには早いが別に問題はないだろう。そう思って欠伸をして――あることに気付く。
「ああっ、荷物!」
「荷物でございますか?」
「そうなんだよ、家に置いたままだった!」
「それは一大事です。早くしないと龍助様の家が爆破され荷物が犠牲になるかもしれません。しかしながら一番大切なものは自らの命でございます。ここはその欲求を抑え家が爆音を街にこだまさせるまでお待ち下さいませ」
「されねえよ!」
マイナス思考なのかボケ担当なのか分からなくなってきたぞこの少年。
焦りつつ起き上がるが、ここで慌てて道に迷ったりしたらそれこそ面倒だし、仕方ない。コイツに協力を求めるか……そう思って<命令>しようとして、あることに気付く。
あれ、コイツの名前何だっけ?
自己紹介の時、製造番号しか言ってなかったような。けど、他のAIはそれぞれ名前を述べていた気がするんだけど……俺の聞き間違いか? しかし全く思い当たらない。だがここで『お前って名前何だっけ』は幾ら何でも酷過ぎる。
……もういい、こうなったら。
俺は立ち上がり、少年の前に立つ。そしてビシリと指を差しハッキリと言った。
「今日から俺は、お前を『ガク』と呼ばせてもらう」
「……?」
「分かったか、お前に名前があろうとなかろうと、俺はお前を『ガク』と呼ぶ! 学ランが似合うから、学ランの学を取ってガクだ!」
少年はしばらく目をぱちくりさせていたが……唐突にブツブツ何かを呟き始める。が全く聞きとれない。何を言っているのか耳をすませると、最後の言葉だけ聞こえた。
「…………記録完了。今日から某の名前はガクとされます」
へ、今日から?
……あっ、まさかコイツ俺の言葉を<命令>として取ったのか!? つまり名前を上書きしたってことか! 個人のデータ改ざんしちゃってよかったんだろうか……。AIはそういうの有りってことか? しかし……。
「龍助殿。改めて、宜しくお願い致します」
「……はぁ~」
面倒だ。何か型落ちPC並に面倒な奴だ……というか、それよりもタチが悪いかもしれない。もうどうにでもなれ。
深呼吸して気分を落ち着かせ、少年――ガクに、頭を下げて<命令>した。
「ガク、お前に命令する! ――道案内をして下さい」
もう命令というよりただの頼みごとになっているが、これが俺の望む形なのだ。ガクには再び同じことを頼んでしまうことになるが、スマン。やっぱり俺地図わかんないわ。
ガクは相変わらずの無表情でコクリと頷いた。
歩き出した彼の背中を追いながらぼんやり考える。コイツは、主人を敬うのはともかく敬語を使ったり命令には従うとか言ったりと、何故そこまでしてAIの鉄則を突き通すのだろうか。少しくらいは崩したっていいのに。こんなガッチガチで疲れないんだろうか。
――つーか、コレいつまで続くんだ?
俺は固まった首を回しつつ、タブレットPCを取り出し画面に赤太文字設定でメモをした。
<パートナー・ガクの雰囲気は今だ変わらず。過労で死ぬかも。厳重注意>

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